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ダイコン掘って麹漬け

 日中の気温があがって雪の表面が溶ける。それが夜間に凍ると翌朝は雪上をどの方角にも歩ける。ただし午前 9 時くらいまでが限度だ。この時期、わずかな期間だけ味わうことのできる楽しみの一つ。子どものころは仲良しの飼い犬に橇を引かせて無限の雪原(実は水田地帯)を走り回ったものである。隣村の菩提寺で生まれた全身黒のセパード。山川惣治の『少年王者』に出てくるライオン L にちなんで「エル」と名づけた。そんな遠い昔に思いを馳せながら、今朝は久しぶりに畑に出てダイコン掘りに精を出した。キタキツネの足跡が縦横に走り、ネコヤナギやイヌヤナギの芽がふくらむ堅雪の森を通り抜けて畑に出る。去年の晩秋、採れたダイコンを土に埋けて保存していた。一昨年は土かけが不十分だったためネズミと折半することになったが、去年はしっかり囲ったので、無傷で採れたてを思わせる瑞々しい状態で掘り出すことができた。とりあえず5㎏ほどを麹漬けにする。仮漬けと本漬けをくり返して2週間すれば美味しくいただける。雪中保存した野菜類は美味しさと栄養価が増す。もう少し先になるが、ダイコン漬けを味わいながら今年の畑の構想を練ることにしよう。  

世界スノーマンレース

  好天気で除雪作業もないから、昨日の午前中は NHK の BS をみた。メダルを競う冬季オリンピックは終わったが、世界にはこんなレースもある。「世界スノーマンレース」というドキュメンタリー。標高 6000 ㍍を超すヒマラヤの険しく酷寒の山岳地帯を日本を含む各国から参加した 10 数名のスノーマン・ウーマンが 190 ㌔を疾走する。主催者はブータン王室。 3 日間の過酷なレース中に走者が自分の目で捉え感じとった率直な思いを世界に発信してほしいという思いで企画したという。地球の温暖化がすすんでヒマラヤの大量の水を蓄えた氷河湖 (ブータン国内に 16 カ所存在) が決壊 ( 2 ヵ所) し、人々の命と生活、村の営みを一瞬にして跡かたなく飲み込んでしまう。走者たちは人の住めないガレ場と化した惨状をしっかり目に焼きつける。さらに、いつ決壊するかもしれない恐怖に苛まれながらヤクを飼い細々暮らす人々の声にも接する。レース終了後、走者たちは思い思いに感じとった温暖化の恐怖を語る。テレビを切って気づいた。「レース」なのに勝敗や順位は頭にない。そう、これこそが企画成功の証である。このテレビを見た一人として、ちっぽけなブログだが書くことでブータン王室の思いに心を寄せたい。この 100 年間で地球の氷河は半減した。 

節句近し、お雛様を飾る

 ここ数日好天気と暖気が続き、昨夜は雨もあって一気に雪どけが進んだ。今朝は庭の土も一部露出しスノードロップのつぼみも確認できた。春はもうそこまできている。間もなく桃の節句。この時期が近づくと、昭子の指示でひな人形を飾る。娘の千鶴が逝って 16 年になるが愛でた人形を飾って面影を偲ぶ。浅草の千鶴の曾祖母が知り合いの老舗から求めた本格的な段びなは、組み立てに手間を要するので、いまは祖母が好んだ女男びなだけの立ちびなと額入りびなだけにしている。「病院の棚」と書かれた東京時代の古びた収納箱を開け(祖母は小児科医だった)、場所をつくって飾ること小一時間、娘だけでなく娘を慈しんでくれた曾祖母や祖母たちの笑顔も一緒に浮かんでくる。私が子ども時分の昭和20年代の田舎はまだ一様に貧しくて、わが家はもちろん自宅で飾りつけをして節句を祝う習慣は周囲にはなかったから、ひな人形を飾ったり鯉のぼりを靡かせる楽しみは、子どもならず親の私にとっても心ときめく初体験。童謡、童話、絵本なども同じ。子育てや子どもの成長の過程で私自身も積極的にこれらを追体験し、過ぎし時代の未知・未経験をずいぶんととり戻すことができた。  

地域からの平和の創造

 憲法をみるときいつも想い続けてきたことがある。現憲法をそれ以前の明治憲法と比較すると、第 1 章天皇→第 1 章天皇、第 2 章臣民権利義務→第 3 章国民の権利及び義務、第 3 章帝国議会→第 4 章国会、第 4 章国務大臣及枢密顧問→第 5 章内閣、第 5 章司法→第 6 章司法、第 6 章会計→第 7 章財政と章立てを踏襲していることがわかる。これは現憲法が手続的には明治憲法の「改正」だったことにもよる。もちろん章立ては同じであっても内容的には大きく様変わりし、天皇主権から国民主権への転換をはじめとして、憲法自体がいうように人類普遍の原理を謳った優れた事実上の「新憲法」であり、それゆえに改正されることなく現在まで永らえてきたのだが、私はこれに加えて、新憲法には旧憲法には存在しなかった2つの章が新設されたことの意義を特別に重く考えている。第 2 章戦争の放棄と第 8 章地方自治の 2 つがそれである。戦争の放棄はあの無謀な戦争を深く反省した平和の価値の確認と国の行動原則であり、地方自治は国民主権を地域から日常化させる民主政治に不可欠の装置である。世界のきな臭さと日本の危うさが深化する現状を顧みて、いまこそこの 2 つの戦後的価値のもつ意義を再確認し、2つを結び合わせて地域からの平和の創造の大切さをかみしめたい。(* 2026年 1 月に発行された「あいの里『 9 条の会』 20 周年記念誌」に投稿したエッセーを許可を得て転載しました。)

昭子の講演を再現する

  パソコンが修復できたので、この数日、 1995 年に昭子が当麻町で講演した「子どもたちの健やかな成長を願って」という講演記録をあらためて入力・再現した。これは「当麻町母と女性教員の集い推進委員会」が主催した第 25 回の集いの基調講演で、当時の記録冊子が、すっかり劣化してしまったのでつくり直したのである。この講演で昭子は、子育て中に遭遇したさまざまな問題に正面から向き合うなかで、たくさんの人々との出会いを通して社会に目を開き、子どもたちを巻き込きみながら、仲間と助け合い、学習し、行動して問題に立ち向かった数々の経験を感動的に話している。そして一番いいたかったことは、子どもの問題は大人の問題だということ。子どもの健やかな成長といっても親自身が成長しなければ達せられない。そう確信して、子どもと一緒になって子どもの諸問題を自覚的に追体験することによって自分の人生も 2 倍豊かにできたと述べている。 30 年もたっていまさらという思いもあった。けれども、妻をほめるのは少し照れるが、よくできた内容だから、残しておけば、ある意味で現在に通じる時代の証言にもなるのではないかと考えながら入力した。

寒中に楽しむコーヒー変化

  昨日の朝は今季最低の- 16 度。個人契約の排雪が入るから玄関と庭の雪を 1 カ所に集める作業をした。日の出直後の玄関に出て、いつものように淹れ立てのコーヒーを飲みながら、まず、辺りを見渡して効率的な作業の手順などを思案する。それから作業をはじめて 20 分、レンガの塀の上に置いたコーヒーは冷えてアイスコーヒーに様変わり。さらに 30 分後、今度はシャーベット状態に。予測してスプーンをポケットにしのばせているからシャーベットも OK 。さらにさらに 3 、 40 分後、作業を終えてホッと一息と思いきや、今度は完全に氷になって逆さにしても落ちてこない。だが残念には思わない。わずか 1 時間で、ホットコーヒー→アイスコーヒー→コーヒーシャーベット→氷へと変化する様を楽しむのもまたいい。濡れたタオルを寒気のなかで振り回せばすぐに凍って棒状になる。このことはドサンコならだれもが知っているが、コーヒー変化を楽しむなどと強がる変わり者は私くらいだろう。まだ 2 月、寒さはもっと厳しくなるが、庭のニワトコはもう芽を膨らませはじめている。あと一月の辛抱。春一番のスノードロップが開花する。昨夜の開票は予想どおり中道惨敗。

今日は総選挙の投開票日

 大雪、厳寒のなかの総選挙。候補者の声を一度も耳にしない総選挙を初めて経験。メディアは自民圧勝を報じている。初め「大義なき解散」と選挙に懐疑的だった世論は次第に高市戦略にハマっていく。争点と思われた物価や経済、税や社会保障、政治とカネ、安保や憲法などはことごとく争点から消された。結局は高市が最初に仕掛けたねらい通り「高市か野田・斉藤か」といった無意味な虚構の争点だけが残った。自民はこうして高まる高市人気にすがって支持をひろげていく。対する野党、とくに中道なる新党はなんら対抗軸を示せず、かえって高市と自民の勢いを助長させた。公明は 26 年も連立政権の与党として自民の右傾化に加担してきたのに総括も政策の変更もなく立憲と野合。立憲は立憲で安保・原発などの重要な基本政策をいとも簡単に変更して公明にすり寄る。そしてできた右寄り中道新党。議席数では自民に伍しながら、政権交代は口にしない。これでは対抗馬になれない。これから想像したくない開票結果を想像して、これに抗する 1 票を投じてこよう。政権交代選挙でないなら、数に配慮した「より益し政党」ではなく、理を重んじて「なくては困る政党」へ。  

地方で突出する公明の与党化

 中道は立憲民主党と公明党の衆議院議員が離党して、公示直前に結成した政党だから、選挙後、参議院議員と自治体議員をそのまま残した元の党との関係をどう整理するのか、現段階では予測できないが、これを考える手だてとして自治体における公明と立憲の与党化の現状が知りたいと友人がいってきた。そこで調べてみた。国の議院内閣制と違って住民が直接選挙で首長を選ぶ自治体は国政の場合と同じ意味での与野党の形成は必然化しないのだが、知事・市町村長を推薦・支持している政党をとりあえず「与党」と考えることにして、地方自治総合研究所の「全国首長名簿」を活用して、統一自治体選挙があった 2023 年度について計算してみた。まず都道府県レベル。この 1 年間には 19 の道府県で知事選があったが、公明が与党の知事は 15 (単独 4 、公明+自民5、公明+自民+立憲+他党 5 )、立憲が与党の知事は 6 (単独 0 、立憲+公明 1 、立憲+公明+自民+他党5)であった。公明と立憲の与党化状況は対照的で、全党のなかでも公明の与党化率が異様に高いことがはっきりわかる。また、公明は単独与党だけでなく、自民と共同の与党化の数の多さも一目瞭然である。 *       *   * 市町村レベルはどうか。 496 の市区町村で首長選挙が実施され、 158 人の首長が政党と与党の関係を結んでいる。このうち単独与党は公明が 38 で最多、また複数与党の組み合わせでは公明+自民が 55 でともに群を抜く。これに公明がその他の党と与党化している 36 を加えると、なんと公明の与党化率は約 82 %。公明+立憲はわずか 1 件にすぎない。都道府県とともに公明の与党化と自民との連携与党化が際立っている。与党化すれば長や行政から便宜・利益が引き出しやすく、供与も期待できるから、政党や議員には与党志向が働く。だが、公明の突出ぶりをみると、そうした一般諭をこえた特殊な要因があると思わざるをえない。そこで邪推。「現世の利益」を重んじて「りえき」を宗教ふうに「りやく」と読めば、政治的・政策的には疑問符のつくことでも、神仏が施してくれた正当な恵みにロンダリングされる。そんな宗教観念に根ざしているのかも…、と。来年は統一自治体選挙の年。議員の数では公明の約 2900 人に対して立憲は約 1000 人。そ...

言葉の呪術と中道の綱領

 大学生のころ中野好夫という著名な辛口評論家が活躍していた。あるとき彼は総合雑誌の「中央公論」で、「現実的」という言葉の呪術性を論じた。読んだとき私は言葉のもつ意味の深さに衝撃を受け、いまでも正確に覚えている。彼はこの言葉の定義や解釈、使われ方を調べ、自己の見解の正当さとか優位性を、さりげなくきわめて巧妙に、しかも独善性をもって他者に押しつける一種の呪術とか擬制の言葉ではないか、と結論した。なぜ彼はこれを書いたか。太平洋戦争を経験するなかで、戦争反対論を非現実的な感情論、書生論、観念論として退け、国民に既成事実の肯定、追認を強要するために使用されたという。そして護符のようにこの言葉をはりつけておけば、当然のごとく導き出された結論であるかのような擬制的な説得力をもったと。その言葉が、いま再軍備や憲法改正をめぐる議論の沸騰のなかで再び使われている。このことに危機感を覚えてこの小論を書いた。ひるがえって、私は昨日、中道改革連合の綱領を読んだ。「現実的な外交・防衛政策と憲法改正論議の深化」と、ここにだけ「現実的」が登場する。選挙後も新党が続くようなら言葉の真意を確かめたい。

今年の冬も帳尻が合う

 昨日の続き。結局、市の除雪車が押しつけていった玄関前の雪をすべて取り除くのに正味 7 時間を要した。ようやく終了し、疲れた足を引きづって玄関に立ち、ふり返えれば東の空に満月?が輝いていた。今回以上の大雪のときでもこれほど難渋したことは記憶にない。緊急車両や福祉車両は入れないし、病みあがりの体力で除雪は困難と判断して、朝何度も市の除雪センターに電話をかけたが話し中。市民からの苦情が殺到したのだろう。だから自力で対処するしかない。通りの左右を見渡せばどの家も除排雪に余念がない。隣家の老人たちは口々に「やっぱり帳尻があった」という。冬になれば市民が挨拶がわりによく使う言葉である。雪の降りはじめのころは、「少なくて過ごしやすい冬だ」などと楽観視していても、結局は例年通りの積雪になってしまう、という意味である。だが想いは様々。「放置しても夏まで残るわけでもなし」と達観して、通りまで幅 50 ㎝しか道をあけない人、「人間を冬眠する動物につくってくれたなら神様に感謝したのに」と手を休めて苦笑いする人。芸術作品のように奇麗に除雪をする人…。私も一茶を口ずさむ→「これがまあ終の棲家か雪五尺」  

雪との闘い、市との闘い

  今日から 2 月。二十四節季では立春と雨水。立春は暦のうえでは初めて春の気配が訪れる日だが、あいの里の春はなお遠い。昨日のブログで 1 月 25 日の大雪のことを書いたが、一昨日もまたそれに匹敵する積雪。そのため昨日は終日かかって奇麗にした。そして今朝玄関に出て!!…。敷地幅約 15m に渡って歩道をふくめて奇麗に除雪しておいたところに、夜中に市の除雪車が入って幅約 1 ・ 5 m、高さ約 1 mの三角錐状に固い雪を置いていったのだ。なんと自分で排雪する以前よりもひどい状態になっている。雪を運び出さないかぎり雪は減らないから「排雪車」ではなく、また正確にいえば「除雪車」でもない。普段は車がすれ違える道幅の車道の雪を引っ搔いて、一車線分を残して左右に押しつけていくだけの「配雪車」だ。だから市民は除雪車が入ることに期待しながらも、他方では押しつけられる雪を心配しながら冬を過ごす。その量が多く硬いときは処理に難渋する。ときには除雪車に入ってほしくないと思うことさえある。その最悪の状態が今朝。生活に支障のない状態に戻すには今日も一日かかる。隣人曰く「我々は雪と闘っているのか市役所と闘っているのか」と。