今年の冬も帳尻が合う

 昨日の続き。結局、市の除雪車が押しつけていった玄関前の雪をすべて取り除くのに正味7時間を要した。ようやく終了し、疲れた足を引きづって玄関に立ち、ふり返えれば東の空に満月?が輝いていた。今回以上の大雪のときでもこれほど難渋したことは記憶にない。緊急車両や福祉車両は入れないし、病みあがりの体力で除雪は困難と判断して、朝何度も市の除雪センターに電話をかけたが話し中。市民からの苦情が殺到したのだろう。だから自力で対処するしかない。通りの左右を見渡せばどの家も除排雪に余念がない。隣家の老人たちは口々に「やっぱり帳尻があった」という。冬になれば市民が挨拶がわりによく使う言葉である。雪の降りはじめのころは、「少なくて過ごしやすい冬だ」などと楽観視していても、結局は例年通りの積雪になってしまう、という意味である。だが想いは様々。「放置しても夏まで残るわけでもなし」と達観して、通りまで幅50㎝しか道をあけない人、「人間を冬眠する動物につくってくれたなら神様に感謝したのに」と手を休めて苦笑いする人。芸術作品のように奇麗に除雪をする人…。私も一茶を口ずさむ→「これがまあ終の棲家か雪五尺」

 

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