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ブログ開始から1年

 二十四節季の 3 月は啓蟄と春分。啓蟄は暖かさに誘われて土中の虫が動き出す季節をいう。三寒四温で春に向かう季節だから、ところによっては大雪もあるが、あいの里のわが庭はスノードロップが可憐な白い花を開き、フクジュソウももっこり蕾をもたげている。そんな春のウキウキ感を打ち消すようにアメリカとイスラエルのイラン攻撃がはじまった。開戦から今日で 4 日たち、すでに多くの子どもをふくめて 1000 人以上が犠牲に。仲介したオマーンが「明るい兆し」を伝えた直後の信じ難い先制攻撃。国連決議もない国際法違反の無謀な戦争。開戦を知って真っ先に浮かんだことは、今後のなりゆきで高市首相が「存立危機事態」などといって戦争協力しはしないかということ。ウクライナ、ガザ、そしてイランと…世界の不安定化は拡大する一方。机上の小さな地球儀が「私は壊れる」と震えているように見える。ブログをはじめてちょうど 1 年になる。ほぼ 2 日に 1 回、ボケ防止と銘打って、朝 PC に向かって浮かんだヨシナシゴトを 180 回も綴ってしまった。新しいことにチャレンジしているわけでもないから、続ければマンネリ化は免れない。ちょっと考えてみたい。      

ダイコン掘って麹漬け

 日中の気温があがって雪の表面が溶ける。それが夜間に凍ると翌朝は雪上をどの方角にも歩ける。ただし午前 9 時くらいまでが限度だ。この時期、わずかな期間だけ味わうことのできる楽しみの一つ。子どものころは仲良しの飼い犬に橇を引かせて無限の雪原(実は水田地帯)を走り回ったものである。隣村の菩提寺で生まれた全身黒のセパード。山川惣治の『少年王者』に出てくるライオン L にちなんで「エル」と名づけた。そんな遠い昔に思いを馳せながら、今朝は久しぶりに畑に出てダイコン掘りに精を出した。キタキツネの足跡が縦横に走り、ネコヤナギやイヌヤナギの芽がふくらむ堅雪の森を通り抜けて畑に出る。去年の晩秋、採れたダイコンを土に埋けて保存していた。一昨年は土かけが不十分だったためネズミと折半することになったが、去年はしっかり囲ったので、無傷で採れたてを思わせる瑞々しい状態で掘り出すことができた。とりあえず5㎏ほどを麹漬けにする。仮漬けと本漬けをくり返して2週間すれば美味しくいただける。雪中保存した野菜類は美味しさと栄養価が増す。もう少し先になるが、ダイコン漬けを味わいながら今年の畑の構想を練ることにしよう。  

世界スノーマンレース

  好天気で除雪作業もないから、昨日の午前中は NHK の BS をみた。メダルを競う冬季オリンピックは終わったが、世界にはこんなレースもある。「世界スノーマンレース」というドキュメンタリー。標高 6000 ㍍を超すヒマラヤの険しく酷寒の山岳地帯を日本を含む各国から参加した 10 数名のスノーマン・ウーマンが 190 ㌔を疾走する。主催者はブータン王室。 3 日間の過酷なレース中に走者が自分の目で捉え感じとった率直な思いを世界に発信してほしいという思いで企画したという。地球の温暖化がすすんでヒマラヤの大量の水を蓄えた氷河湖 (ブータン国内に 16 カ所存在) が決壊 ( 2 ヵ所) し、人々の命と生活、村の営みを一瞬にして跡かたなく飲み込んでしまう。走者たちは人の住めないガレ場と化した惨状をしっかり目に焼きつける。さらに、いつ決壊するかもしれない恐怖に苛まれながらヤクを飼い細々暮らす人々の声にも接する。レース終了後、走者たちは思い思いに感じとった温暖化の恐怖を語る。テレビを切って気づいた。「レース」なのに勝敗や順位は頭にない。そう、これこそが企画成功の証である。このテレビを見た一人として、ちっぽけなブログだが書くことでブータン王室の思いに心を寄せたい。この 100 年間で地球の氷河は半減した。 

節句近し、お雛様を飾る

 ここ数日好天気と暖気が続き、昨夜は雨もあって一気に雪どけが進んだ。今朝は庭の土も一部露出しスノードロップのつぼみも確認できた。春はもうそこまできている。間もなく桃の節句。この時期が近づくと、昭子の指示でひな人形を飾る。娘の千鶴が逝って 16 年になるが愛でた人形を飾って面影を偲ぶ。浅草の千鶴の曾祖母が知り合いの老舗から求めた本格的な段びなは、組み立てに手間を要するので、いまは祖母が好んだ女男びなだけの立ちびなと額入りびなだけにしている。「病院の棚」と書かれた東京時代の古びた収納箱を開け(祖母は小児科医だった)、場所をつくって飾ること小一時間、娘だけでなく娘を慈しんでくれた曾祖母や祖母たちの笑顔も一緒に浮かんでくる。私が子ども時分の昭和20年代の田舎はまだ一様に貧しくて、わが家はもちろん自宅で飾りつけをして節句を祝う習慣は周囲にはなかったから、ひな人形を飾ったり鯉のぼりを靡かせる楽しみは、子どもならず親の私にとっても心ときめく初体験。童謡、童話、絵本なども同じ。子育てや子どもの成長の過程で私自身も積極的にこれらを追体験し、過ぎし時代の未知・未経験をずいぶんととり戻すことができた。  

地域からの平和の創造

 憲法をみるときいつも想い続けてきたことがある。現憲法をそれ以前の明治憲法と比較すると、第 1 章天皇→第 1 章天皇、第 2 章臣民権利義務→第 3 章国民の権利及び義務、第 3 章帝国議会→第 4 章国会、第 4 章国務大臣及枢密顧問→第 5 章内閣、第 5 章司法→第 6 章司法、第 6 章会計→第 7 章財政と章立てを踏襲していることがわかる。これは現憲法が手続的には明治憲法の「改正」だったことにもよる。もちろん章立ては同じであっても内容的には大きく様変わりし、天皇主権から国民主権への転換をはじめとして、憲法自体がいうように人類普遍の原理を謳った優れた事実上の「新憲法」であり、それゆえに改正されることなく現在まで永らえてきたのだが、私はこれに加えて、新憲法には旧憲法には存在しなかった2つの章が新設されたことの意義を特別に重く考えている。第 2 章戦争の放棄と第 8 章地方自治の 2 つがそれである。戦争の放棄はあの無謀な戦争を深く反省した平和の価値の確認と国の行動原則であり、地方自治は国民主権を地域から日常化させる民主政治に不可欠の装置である。世界のきな臭さと日本の危うさが深化する現状を顧みて、いまこそこの 2 つの戦後的価値のもつ意義を再確認し、2つを結び合わせて地域からの平和の創造の大切さをかみしめたい。(* 2026年 1 月に発行された「あいの里『 9 条の会』 20 周年記念誌」に投稿したエッセーを許可を得て転載しました。)

昭子の講演を再現する

  パソコンが修復できたので、この数日、 1995 年に昭子が当麻町で講演した「子どもたちの健やかな成長を願って」という講演記録をあらためて入力・再現した。これは「当麻町母と女性教員の集い推進委員会」が主催した第 25 回の集いの基調講演で、当時の記録冊子が、すっかり劣化してしまったのでつくり直したのである。この講演で昭子は、子育て中に遭遇したさまざまな問題に正面から向き合うなかで、たくさんの人々との出会いを通して社会に目を開き、子どもたちを巻き込きみながら、仲間と助け合い、学習し、行動して問題に立ち向かった数々の経験を感動的に話している。そして一番いいたかったことは、子どもの問題は大人の問題だということ。子どもの健やかな成長といっても親自身が成長しなければ達せられない。そう確信して、子どもと一緒になって子どもの諸問題を自覚的に追体験することによって自分の人生も 2 倍豊かにできたと述べている。 30 年もたっていまさらという思いもあった。けれども、妻をほめるのは少し照れるが、よくできた内容だから、残しておけば、ある意味で現在に通じる時代の証言にもなるのではないかと考えながら入力した。

寒中に楽しむコーヒー変化

  昨日の朝は今季最低の- 16 度。個人契約の排雪が入るから玄関と庭の雪を 1 カ所に集める作業をした。日の出直後の玄関に出て、いつものように淹れ立てのコーヒーを飲みながら、まず、辺りを見渡して効率的な作業の手順などを思案する。それから作業をはじめて 20 分、レンガの塀の上に置いたコーヒーは冷えてアイスコーヒーに様変わり。さらに 30 分後、今度はシャーベット状態に。予測してスプーンをポケットにしのばせているからシャーベットも OK 。さらにさらに 3 、 40 分後、作業を終えてホッと一息と思いきや、今度は完全に氷になって逆さにしても落ちてこない。だが残念には思わない。わずか 1 時間で、ホットコーヒー→アイスコーヒー→コーヒーシャーベット→氷へと変化する様を楽しむのもまたいい。濡れたタオルを寒気のなかで振り回せばすぐに凍って棒状になる。このことはドサンコならだれもが知っているが、コーヒー変化を楽しむなどと強がる変わり者は私くらいだろう。まだ 2 月、寒さはもっと厳しくなるが、庭のニワトコはもう芽を膨らませはじめている。あと一月の辛抱。春一番のスノードロップが開花する。昨夜の開票は予想どおり中道惨敗。