年賀状転じて寒中見舞状へ

 近所の老人の間で「年賀状終い」が話題になる。長く続けた習慣をやめるのには心の整理が必要になるのだろう。義理を欠きはしないかといった懸念のほか、パソコンやスマホと縁遠い人はコミュニケーションの回路がますます細くなるからそうした思いを強くする。だが私は自然体でいけばいいと思う。私にも賀状遍歴があって、妻の昭子が大病をした翌年の2000年から手が回らなくなってやめ、退職した2014年になって時間ができたから再開した。文面は1枚のハガキを昭子と2等分して書く。去年からは年賀状ではなく「寒中見舞状」に切り替え、12月中に出したい人に出している。この先はやめたくなったらいつでもやめる。出す以上は相手に思いを馳せながら名前と住所は手書きを鉄則にしている。宛名まで機械印刷して出した人の名は全部は覚えていないという人の話を聞いたことがある。文面には主に近況のようなことを書くから、普段から筆不精になりがちな自分を戒めていれば、賀状という一時の大量作業に頼らなくても済む。それでも少しずつ意欲と能力が衰えていくことは避けられないが、これは自然な姿だから臆せず成り行きに任せればよい。

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