俵万智『生きる言葉』から

  9月は定期検診が目白押し。昨日は昭子の脳のMRIと二人のがん手術後のCT。どれも経過観察で無事終了した。いつものことだが病院での待ち時間つぶしのため昨日は歌人・俵万智の新著『生きる言葉』(新潮新書)をポケットに入れていった。彼女曰。五七五七七の短歌は盛り込める言葉の器が小さいから思い切り言葉を濃縮して詰め込もうとする。その結果、濃縮三倍の麺つゆみたいなことになってとても美味しいとはいえないものになってしまう。短歌をつくるとき、言葉の濃度というのは非常に大事で、濃さがちょうどいいなと思えたときが完成の実感をもてる瞬間だと。短歌を志す者に対する彼女からの助言である。別のところでは、人に何かを伝えるとき、自分はいま、総合芸術である演劇的に伝えようとしているのか、たった一つのいいたいことのために言葉を紡ぐ短歌的に伝えようとしているのか、どちらかによって言葉の方向性や分量は変わってくるともいう。私のように中途半端な量の400字にどちらともつかぬ言葉を詰め込んでいる者には身につまされる指摘だった。彼女ならではの着眼着想は言葉を生きる言葉に変えるヒント満載の本だと感心した。庭の花→ノギク(164)、ネバリノギク(165

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