戦争イメージとアルミの箸

 ブログ中断中に815日が過ぎた。その前後に「戦後80年の節目」にちなんで「伝承」に力を込めて「戦争」の何たるかを問い返すメディアの優れた企画が多数あったことに好感をもった。私は終戦時は2歳に満たず戦争の実体験はないが、戦争の余韻を引きずった欠乏の戦後体験をもっている。1949年に小学校に入学した時に背負ったのは、戦後4年も経過していたのにランドセルではなく「背嚢」(兵隊が行軍などで背負う荷物入れ)であったし、冬の防寒用にかぶったのはボロ切れと綿が半々の「防空頭巾」(戦後もボウクウズキンと呼んで用いていた)であった。近所の親戚の神原秋義おじさんは、復員するとき唯一持ち帰った手製の箸を生涯使用した。酷寒のシベリア抑留中、ソ連兵からもらったアルミ塊を石で叩きトロッコに轢かせてつくったという。私の戦争イメージの原点で現在にいたるも毎日このアルミの箸を想い起こす。中学生のころおじさんの弟・元春さんが納屋でしてくれた戦争・戦時の話は私の戦争イメージを増幅させてくれた。大好きだった元春さん追憶の一環としてメモに残した戦争・戦時の言葉は200項目に達した。これはパソコンに入れてある。

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