裁縫と編み物と感謝と謎
5月半ばともなればそろそろ衣類や寝具など季節の入れ替をしなければならない。いまはスーツなどは滅多に着ないから、クリーニング屋さんとも縁が遠くなって、もっぱら洗濯機をまわす。あわせて繕いをする。自慢ではないが、私は子どものころからボタンつけなどを人に頼んだ覚えはない。中1のときだった。村の学校で家庭科の時間と放課後にしっかり基礎縫いと運針を教わっている。過日も長年愛用して捨てがたいジャンパ―の襟が傷んだので、とっておいた別の布を当てて補強。昨日は昭子のズボンの裾上げやゴム通しもした。編み物も習った。毛糸は母を手伝って飼っていた羊の毛を刈り紡いだ。いずれのことも一生懸命に取り組んだ。東京時代の手製のマフラーはいまも使っている。10号の棒針と太い糸でざっくり編んであるので暖かい。英国製の高級な羊毛で編んだマフラーもあったが、親しかった池田町の大石和也町長が、「これはいい」といって、安物?マフラーと取り換えていった。裁縫と編み物。教えてくれた先生たちに感謝あるのみ。それにしても中2の時札幌に転校して以来、同期の友人たちに機会あるごと尋ねてみたが、私のような学校体験をした人には出会わなかった。どうしてあんなことが可能だったのか。いまだに謎のままである。開花→コウダソウ(51)、オオバナエンレイソウ(52)
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