憲法と分権改革(憲法記念日にちなんで旧稿3題)

 

憲法と分権改革(憲法記念日にちなんで旧稿3題)

2025年5月3日投稿 

北海道大学法学部「政治研究会会報」第11号 1990331日より転載

邦文憲法と英文憲法 

                       神原 勝(法学部教授)

 日本国憲法は、マッカーサー草案をもとにGHQと日本政府の折衝を通して確定されたが、その過程で英文と邦文の対訳がめまぐるしく行き交った。それゆえ邦文憲法の英語版は、単なる英訳としての意味をこえて、憲法の理解を手助けしてくれる特別の意味をもっているように思われる。たとえば、国民主権をうたった憲法前文には次の一節がある。

 「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」

 これはマッカーサー草案の次の一節を邦訳したものである。

 Government is a sacred trust of the people, the authority for which is derived from the people, the powers of which are exercised by the representatives of the people, and the benefits of which are enjoyed by the people.

 憲法制定当時、内閣法制局の責任者としてGHQと折衝の任に当たった入江俊郎氏は、「ここに『国政』とは、英語でいえばGovernmentで、統治作用、または政治行政という意味であり、主権の直接間接のはたらきを一切包含している。すなわち、立法・司法・行政のあらゆる分野にわたり、地方自治もまたこれに包含されている。」と述べ、「国政」すなわちGovernmentは自治体をふくめて国民国家の政治機構およびその作用の全体をさすものと理解している(入江「地方自治法管見」自治研究19487月号)。

 私がこの入江論文に触れたのは1960年代の半ばであった。地方自治を学習するにつれて、憲法第92条に書かれている「地方自治の本旨」を「団体自治と住民自治」で説明する公法学の通説あきたらなさを感じていたときだけに、入江氏のこの数行の解説に接して目から鱗が落ち、はかり知れない知的刺激をうけた。

 この論点は後に政治学者の松下圭一氏が、いわゆる機構信託説(市民信託説)で、憲法における自治体の理論的位置を定礎したところである(松下『市民自治の憲法理論』岩波新書1975年)。また、これとは別だが、国家賠償法、国i家行政組織法、国家公務員法など、「国家」という言葉を冠した法律がいくつか存在する。この「国家」とはいかなる概念か。国家賠償法の国家は条文にあるように「国家又は公共団体」だが、後2者は明らかに中央政府たる「国」である。しかも内閣が統轄する「国」の行政機関で働く公務員にかかわるもので、同じく「国家」という言葉であってもその意味するところはそれぞれ異なっている。

 この「国政」「国家」にかぎらず、邦文憲法には理解を妨げるまぎらわしい用語法が多い。そのいくつかを取り上げて英文の表現と対比させると次のようになる。

・「政府」→government(前文) 

・「国家」→nation(前文)

・「国政」→government,(前文、4条、62条)governmental affairs13条)

・「国民」→the people(前文ほか各条)

・「国」→the state9条、17条、20条、25条、40条、41条、83条、85条、88条、90条、91条),the nation98条)

・「主権」→sovereignty(前文),sovereign power(前文)

・「国権」→a sovereign right of the nation,9条)the highest organ of state power41条)

・「国務」→national affairs72条),affairs of state73条),government98条)

・「国事」→matters of state3条、4条、5条、7条)

西尾勝氏は、the peopleは主権者である国民の総体、the nationは国民が主体になって形成する国民国家、governmentは国民国家の政治機構全体、the state政治機構のうちの中央政府(いわゆる国)の意味で理解すべきであるという(西尾『憲法と地方自治』)*ちなもに英文憲法で邦文憲法の「地方公共団体」の表現は、なぜかlocal governmentではなく、local public entityとなっている。推測だが日本側がそのように英訳したと思われる。

 この西尾氏の指摘に依拠して、細かく検証してみると、governmentという用語は5カ所で用いられていて、これには「政府」「国政」「国務」などの訳語が充てられているが、これらは「政治」または政治機構全体をさす「政府」と統一した言葉で表現してもなんら不都合は生じない。

 nationは、「国家」(前文)、「国」98条)が充てられ、また、the state9条ほか)とthe nation98条)にはともに「国」が充てられているのも実におかしい。この場合は西尾氏の指摘のように、the nationは国民国家、the stateは中央政府ときちんと区別して表現すべきであろう。

 「国権」は第9a sovereign right of the nationと第41the highest organ of state powerの訳語として同じ言葉が使われているが、もちろん意味が異なる。前者は、国民国家の対外的な主権的権利、後者は、中央政府(国)レベルの最高権力機関すなわち「国会」を表している。

 「国家」「国政」「国」「政府」などの用語が概念を不明確にしたまま用いられると、憲法の理解や理論構成にも大きな混乱をもたらす。

 邦文の憲法が日本国憲法であることはいうまでもないが、英文憲法とつき合わせてみると新しい発見があって頭の体操になる。趣味の域をでないかもしれないが、入江論文を読んで以来このかた、時々英文憲法を開いている。(了)

 

 

 

補論・憲法と分権改革

 以下のレジュメを追加配布します。既配布の「講義要綱」綴じ込んで受講時には必ず持参すること。20035月 北大法学部・神原) 

1 講義資料を補充する

1)日本国憲法第8章は地方自治に関して4か条を設けている。しかし条文数が少ないためこれだけで地方自治の制度や理念を理解することはできない。したがって、この憲法規定とこれにもとづいて地方自治の諸制度を規定した地方自治法の双方から、すなわち憲法と地方自治法を往復しながらイメージをふくらませなければ地方自治の理解はむずかしい。

 加えて、1年前に地方分権改革が行なわれた。これにより国と自治体の関係が、従来の「上下・主従の関係」から「対等・協力の関係」に変化した。これは地方自治の性格を大きく変えるほどの意味をもつ変化である。したがって、この変化も考慮して憲法と地方自治法、また両者の関係を考えることが重要になる。

2)今年度の講義は、過去2年の講義と同様に、要綱第3章「憲法と自治」は5月、第10章「分権改革」は7月と、憲法と分権を分け、かつ間をおいて講義する建てつけになっている。その理由は、分権改革が近年大きな政治課題となりつつもまだ実現に至っていなかったからである。

けれども、上の述べた事情によって両者を繋げて理解する必要度が高まり、また、分権改革の内容が、要綱の第4章以下の地方自治の歴史・制度・展開・課題の内容にも深く影響してくるので、この分権改革をふまえた憲法ひいては地方自治の理解を深めるための論点を、この第3章の講義において補充的に行なっておきたい。

やや難しい論点かもしれないので、一度かぎりで理解できなくても、今後の講義を通して理解は徐々に促進されると思うので論点の存在だけは頭に入れておいてほしい。以下に述べる内容は、憲法学・公法学の通説とは異なる部分が多々ある。これらについては講義時に解説することにする。 

2 「政府」となった自治体

 憲法は、価値原理(人権宣言)、組織原理(政府機構)、改正手続の3つの要素によって構成されている。このうち政府機構については国(中央政府)と自治体(地方政府)の2種類に分けられる。中央政府については国会(第4章)、内閣(第5章)、司法(第6章)、財政(第7章)が規定され、地方政府については地方自治(第8章)の規定がある。

憲法は「地方政府」という用語は使用していないが、憲法による保障条項をもたなかった戦前とは異なり、戦後は国民主権を基調とする国民国家の最高法規である憲法が保障するもう一種類の政府であり、人々(people)が選挙と納税を通して直接信託する憲法機構である。この自治体は国と同様に憲法が規定する諸価値を実現する独自の責務を有していることはいうまでもない。

価値原理(人権宣言)

     第2章 戦争の放棄(平和的生存権)

     第3章 国民の権利及び義務(自由権・参政権・社会権)

組織原理(政府機構)

   中央政府(国)

     第4章 国会

     第5章 内閣

     第6章 司法

     第7章 財政

   地方政府(自治体)

     第8章 地方自治

 このように憲法の保障のもとにスタートした戦後自治だが、都市型社会への移行にともなって国・自治体のあつかう政策量や財政規模が飛躍的に増大し、その執行の多くが機関委任事務方式(国が国の事務を自治体の長に強制執行させる事務方式)に依存するなど、戦後新たに強化された中央集権は戦前の比ではないとさえいわれるまでになった。

けれどもその集権制が次第に行き詰まり、他方では、日本の自治制度(概括主義)に由来する自治体の力量の増大が要因になって、今回の分権改革が行なわれることになった。この改革によって、国の機関委任事務が廃止されるとともに、国の行政的統制(関与)が縮小されて、国と自治体の関係は従来の「上下主従」から「対等協力」の関係に移行した。

 上にみたように、憲法の理論的見地からいえば自治体は当初から正真正銘の「政府」(行政を統括する直接公選の長、条例制定権・予算議決権をもつ公選の議会、市民を代行して職務を遂行する職員の存在)なのであるが、あらためて国と「対等協力の関係」にある「政府」と認知された意義は、遅きに失した感は免れないが大きい。

 現行の憲法の原案は占領下にあった当時のマッカーサー元帥の草案だが、このマ草案では「第8章地方政府」となっていた。日本政府はこのタイトルを「大8章地方自治」」に置き換えた。「地方政府」は機構概念であり、「地方自治」は意味概念である。第8章のタイトルが「地方政府」となっていたなら、いまさら「自治体は政府になった」などとはいわないだろう。

 私は今回の分権改革を機に「第8章地方自治」は、あらためて「第8章地方政府」と観念することにしている。(用語を公式に転換するには憲法と法律の改正が必要だが、憲法改正はいまはそのかぎりではないと思う。) 

3 「地方公共団体」は適正用語か

 自治体は政府だからその呼称につても再考を要する。憲法および地方自治法をはじめとする国の法律は、自治体を「地方公共団体」と表現し、「地方政府」「地域政府」はもちろんのこと「自治体」(または「地方自治体」)という用語さえ使用していない。

 戦前の自治体は、国が必要と認めたときに初めて成立する、いわゆる「国家伝来説」(国家派生説)に支配されていたため、国の許容する範囲内で認められる自治体の自治権は極小であった。もちろん大日本帝国憲法に地方自治の条項は存在しない。こうした時代を反映して、戦前の国の官僚や公法学者は、自治体を「公共団体」「地方団体」と呼称したが、戦後憲法においてもこれを「地方公共団体」に合成して伝来説来の観念を引き継いだ。

 憲法に地方自治の保障条項は新設したものの、その実精神は戦前の中央集権を踏襲したのである。peopleが国とは別に信託した民主政治の政府単位として自治体を正統に評価せず、国の下位に見下して諸制度・諸施策を講じ、戦後的中央集権を強化した。まさしく名は体を表す、というべきであろう。憲法の英訳版は、今日にいたるも「地方公共団体」をlocal governmentではなくlocal entityである。これは日本側が行なった英訳である。

憲法は変われども用語法は変わらず。現在も国の官僚や多くの憲法・行政法者は、法律条文の引用は別として、それ以外においても時代遅れの「地方公共団体」を使ってはばからない。けれども、自治体では別である。市民をふくめて自治体関係者は「自治体」を通称するのが一般的である。また市民自治の精神を重んじる観点から、「地方公共団体」の用語の不適正を批判する自治学者も少なくない。

どのような言葉を使用するかは個人の自由だが、それぞれの価値認識が問われる問題でもある。諸君はこれからこの講義の資料として配布した政府関係の文章や地方自治に関する文献を読む機会があると思うが、言葉を用いる主体と用語法の関係性にもぜひ留意してほしい。そのことで見えてくるものがある。自分が執筆する場合はなおさらである。

今後に想定されるITの進歩によって、国の法令における「地方公共団体」なる用語を瞬時の操作で「自治体」ないし「地方政府」に置き換えることが可能な時代がやってくるであろう。 

4 「地方自治の本旨」を再考する

戦後の地方自治に関する憲法理解においてもっとも明確さを欠いてきた言葉に「地方自治の本旨」(第92条)があり、これについても再考を要する。第92条は、地方自治の組織と運営に関する基本的事項は地方自治の本旨にもとづいて法律で定めるとしながら、その「地方自治の本旨」(同)のもつ意味は、憲法制定(改正)時の帝国議会における政府説明では「自明のこと」とされ説明されなかった。

その国が「自明」とした内容について、戦後憲法・行政法学の通説は「団体自治と住民自治の2つの要素からなる」と説明してきた。平たくいえば。団体自治とは、国が一定の範囲で自治体に自治権を付与すること、住民自治とはその自治権を住民の意思にもとづいて行使することと理解されている。

このような通説のもとで戦後の地方自治は推移してきたのだが、戦前は府県と市町村の間においてしか存在しなかった機関委任事務は、戦後は国の枢要な政策ツールとして、国と自治体一般に拡大されて中央集権を強化した。「地方自治の本旨」はその歯止めにならなかった。だとすれば団体自治と住民自治を内容とする地方自治の本旨の効用をあらためて問い直す必要がある。

 上に「本旨」の内容は「自明」とされたと述べたが、まさに戦前は自明であった。明治以来の公法学者や国の官吏は「自治の本旨」「自治の本義」「自治の観念」などの用語を多用するとともに、その内容は「団体自治と住民自治」、「団体自治と人民自治」、「法律上の自治と政治上の自治」によって構成されると説明してきた。現憲法はこの概念を踏襲して「自明」とし、以後は思考を停止してきたのである。

 この本旨の考え方が 明治以来の「国家伝来説」を引きずった概念であることはいうまでもなく、また団体自治と住民自治の優先関係も示されず、さらには団体自治と住民自治の程度についてもなんら明確にならない。この曖昧さが中央集権を呼び込みことになり、またその違憲性を問うこともなく国政全般において許容・拡大してきたのである。

 今回の分権改革では分権改革推進委員会の一部の委員が「補完性原理にもとづく改革の推進」を主張し、その言葉は同委員会の諸答申にも散見される。補完性原理the Principle of Subsidiarityはいずれこの講義で詳しく解説するが、私は、単なる政府間の事務配分論ではなく、日本でいち早くこれを提起した政治学者・松下圭一の文脈に即して理解している。

 「政治の課題が、憲法的意味をもつ市民自治による市民自由・市民福祉の保障であるかぎり、それは、第一義的には基礎自治体としての市町村の課題であり、それをふまえて、広域レベルで処理を要する問題領域は都道府県、さらに国のレベルでの処理が適当な問題領域は国という関連において、市民→市町村→都道府県→国の上昇型の発想をとるべきである、という展望である。これまで憲法・行政法学は、国→都道府県→市町村→市民という統治序列と癒着した下降型の発想ないしそれへの外在的批判の発想をもっているにすぎない。」(松下『市民自治の憲法理論』岩波新書1975年)

 松下は補完性原理という用語は用いていないが、主権者市民から発して順次補完的に多段階の政府形成にいたる民主政治の原理を述べている。私はこの補完性原理こそが「地方自治の本旨」だと観念している。松下は後年、多段階の各政府が基本法によって自らを律するように、自治体も自らの基本法として「自治体基本条例」を制定すべきと提起している。私も松下ともにその作業をはじめており、現在は「札幌市自治基本条例私案」を作成中である。 

他方では、自治体の二元代表制の運用の基本となる「議会基本条例」についても具体化に向けて構想を練っている最中である。この議会基本条例はまだ陽の目を見ていない。自治体を運営する4主体(市民・長・職員・議員)のうち最も改革が遅れているのが議員・議会である。この議会が議会基本条例の制定を契機として自己改革に取り組むようになれば自治体は市民の政府として熟度を増す。その意味で「議会が変われば自治体が変わる」とこの課題を総称している。これについては本講義の第12章で自治基本条例とともに解説する。 

5 国と自治体の関係とは何か

 さて分権改革によって「国と自治体の関係が変わった」とはいっても、国(中央政府)を構成する諸機構と自治体の関係が明らかでなければ変化の様相は理解できない。国を構成する機構は、国会、内閣、裁判所である。したがって、国と自治体との関係はこれら各機構と自治体との具体的な関係として説明されなければならない。

 このことは従来の中央集権が「官治集権」といわれ、今回の分権改革が「自治分権」をめざすといわれていることと深く関係する。そもそも国と自治体の関係には政府機構の種類に応じて、「立法調整」「行政調整」「司法調整」があるが、従来は「法律による行政への委任」というカタチはとるもの、実質は「行政統制」が重きをなした。それゆえに中央集権は「官治集権」だったのである。

 それゆえに分権改革は、この官治集権をあらためて行政統制を極力抑制し、国会による「立法調整」と裁判所による「司法調整」のウエートを高めた政府間関係に再編成することを意味する。自治体は国民を代表する国会が制定する法律と、裁判所による司法判断の統制を受けるが、内閣・省庁の独自の統制は受けないのが民主政治のタテマエだからである。

 この観点から2000年の分権改革は、それなりに評価しなければならない。まず、行政統制の縮小については、機関委任事務を廃止して自治体が行う事務はすべて自治体の事務とし、あわせて行政通達も廃止して法律に定めのあるものに限定する法律主義の原則を確立した。これによって立法調整(国会)と司法調整(裁判所)の比重が増すとともに、自治体による法律の解釈・運用権ならびに自治立法権(条例制定権)も拡大することになった。

 司法調整では、国と自治体間の司法調整に道を開く、国地方係争処理委員会制度(市町村・都道府県間については自治紛争処理委員制度)が創設された。この委員会は職権行使の独立性が保障される第3者機関ではないため、国の恣意的な運用を懸念する声も多いが、委員会の裁定に不服がある場合は裁判所に出訴できる道も開かれていることから、司法調整の仕組みの創設として、とりあえず一歩前進と評価することができる。

 今回の分権改革は分権推進委員会が自ら述べるように、多くの改革課題を先送りしている。けれども、これによって官治集権から自治分権への改革の突破口が開かれたことは歓迎したい。今回の分権改革において主導的な役割を担った行政学者の西尾勝が「未完の分権改革」と称したように(『未完の分権改革』岩波書店1999年)、この改革は今後も続く。

けれども、今後の改革がどうなるかはわからない。今回の改革ではまったく手つかずの財政分権はどうなるのか、この問題と結びついて新たな政策集権が復活するかもしれない。時間が経てば改革熱が冷めて、官治集権が逆流、復活する可能性は大いにあるのである。

その意味で、今後は、「国と自治体の関係」をより具体的に「国の立法・司法・行政と自治体の関係」に分解して、それぞれの関係における改革内容と3つのバランスの変化にたいして周到に目配りする必要がある。加えて、立法をつかさどる国会議員と政党、司法判断を下す裁判官の分権改革や地方自治に対する認識の変化の如何にも注目すべきであろう。 

6 新たな歴史と伝統への転換

 憲法による制度保障説で名高い行政法学者の成田頼明はかつて次のように述べている。

 「憲法第8章は、国の統治構造の一環をなす地方公共団体の自治行政が国民国家の基礎として欠くことのできない一つの公の制度であるという認識に立って、歴史的・伝統的・理念的に確立されてきた一定の内容をもった地方自治制度の本質的内容又は核心を立法による侵害から擁護する趣旨のもとに制定されたものとみることが最も妥当なみかたであると思われる。」(「地方自治の保障」『日本国憲法体系―第5巻』)下線神原

 この論文が書かれたのはもちろん戦後だが、1888年(明治21年)に本格的な最初の地方制度として市制町村制が敷かれてから約70年が経過したころである。日本国憲法の制定は1947年であり、そこに規定された第8章の内容が、成田がいうように「歴史的・伝統的・理念的に確立されてきた一定の内容」なら、上にみた「地方公共団体」も「地方自治の本旨」も戦前的な歴史・伝統・理念を色濃く反映したものといわざるをえない。

 その日本国憲法も制定から60年近くが経とうとしている。ならばそろそろ戦後自治が歩んだ歴史、蓄積してきた伝統、形成した理念にもとづいて第8章を理解すべきではないか。私は今日の市民・自治・自治体はそれに応えうるだけの力量を備えていると確信している。そもそも分権改革にしても自治体に力量が備わっていなければ実現は不可能である。

上にも記したように、いま私は自治基本条例の普及に取り組んでいる。その内容は1960年代の半ば以降の自治体改革が地方自治法などの法律に依拠することなく独自の知恵と力で実践してきた諸事項を集大成している。ここに包含された諸事項は、市民自治の理念をはじめ、市民参加、情報公開、総合計画、政策法務・政策財務、政策評価、住民投票、議会改革など、どれも今日の自治体運営において不可欠のものとなっている。

まさしく自治基本条例の制定それ自体をふくめて、戦後自治が培った歴史・伝統・理念そのものといってよいだろう。私は1970年代以降の自治体改革の時代に生きた人間の仕事としてその整理と普及に努力したい。そこから先は若き諸君たちに委ねたい。「第8章地方自治」を戦後自治の歴史・伝統・理念をふまえて豊かに再構成してほしいと思う。

 

[付記] 上の文中に松下と西尾の参考文献を掲げたが、このほかに松下『自治体は変わるか』岩波新書1999年もあえあせて薦めたい。また西尾についてブックレットスタイルの講演記録『憲法と地方自治』北海道地方自治研究所1976年がある。これも参考になるので一読を勧めたいが、市販本ではないので、希望者には貸し出したい。申し出られよ(西尾は了承済み)。

 

 

 

北海道地方自治研究20045月号(No.424) <私の憲法観>より転載

補完性の原理こそ地方自治の本旨  

                                 神原 勝 

 およそ社会科学の研究者であるなら、その専攻分野の如何を問わず、日本国憲法とのつきあいは避けられない。私もまた「地方自治」を研究する者として、その領域に関係の深い憲法条文をはじめ、折々の憲法理論、憲法解釈、憲法判例などに大きな関心を持ち続けてきた。そうしたなかで私自身の憲法観の形成に大きな影響を与えてくれた、いくつかの代表的な憲法現象や法関連文献などを想起してみたい。 

松本草案になかった地方自治 

  最初はやはり、日本国憲法「第八章地方自治」の問題である。マッカーサー元帥に命じられて幣原首相が松本烝治国務大臣を長とする憲法問題調査会に作成させた憲法草案には「地方自治」の条項は一切存在しなかった。GHQはこの松本草案に対して、国民の政治参加に道を開く地方自治がない、憲法を最高法規とする手続きがない、国家の性格を従前通りにしている、と厳しく批判した(Political Reorientation of Japan,1950)

 そして「改革と再建に関心をもつ人々が、どうしてこのような重要問題を素通りしてしまうのか」(同)と日本政府の手による草案作成を断念して、いわゆるマッカーサー草案が作成された。日本国憲法の「第八章地方自治」は、マ草案の「第八章地方政府」に日本側が修正を施して導入したものである。憲法学者や政党などの地方自治の認識は、国が必要と認める時に法律で定めるという、明治以来の国家承認説に完全支配されていた。

  それだけに国民国家の最高法規たる憲法に「地方自治」が規定された意義ははかりしれなく大きい。例えば、戦後の自治体は一九六○年代以降、直接公選首長と市民の相互交流を軸に自治能力を蓄積しながら今日に至るが、憲法による直接公選の保障がなければ、戦後直後、国が強く主張した知事の議会選任制度が採られるなど、時々の国の意思に翻弄され、その結果、地方自治の発展と市民生活の向上は大きく阻まれたであろう。

  このように戦後日本は憲法に保障条項をもって地方自治を実現することになったが、その理解のされ方は明確さを欠いていた。例えば、第九二条「地方自治の本旨」は、憲法制定時に日本側が挿入した条項である。その意味するところは、私が学生時代に学んだころも、今も、国家承認説に由来する「団体自治と住民自治」が学界の通説となっていて変わりがなく、また経験的にみても、地方自治の発展に及ぼした効用は乏しい。 

刺激的だったいくつかの文章 

 中央集権の象徴として地方自治を蹂躙してきた機関委任事務も補助金も通達行政も、すべて「団体自治」の許容範囲とされ、憲法違反にはならなかったのだから、その効用たるやなにをかいわんやである。団体自治を住民自治に優先させ、しかも団体自治には国よる侵害を阻止する基準もない、この不思議な通説の理解に疑問を抱いていた矢先、一九六○年代の半ばのことだが、私は二つの文献に接して眼前の地平が拓ける思いをした。

 その一つは、日本国憲法制定当時、内閣法制局長官であった入江俊郎の論文「地方自治法管見」(自治研究一九四八年七月号)である。この短い論文で入江は憲法前文にふれ、憲法前文は「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって」と国民主権を宣言しているが、この「国政」とは、英語でいえばGovernmentで、立法・行政・司法のあらゆる分野にわたり、また自治体もこれに包含されている、という趣旨のこと述べている。

 これには二つの意味で衝撃を受けた。第一に、「国政」がGovernmentで、したがってそこに「自治体」が含まれるのであれば、中央政府のみならず、自治体もまた中央政府とは別個に市民の厳粛な信託によらなければない、第二に、地方自治の憲法理解は「第八章地方自治」の四か条だけを逐条解釈するのでなく、それ以外の憲法条項と深く関連づけて全体的構造的に理解しなければならない、という示唆を与えてくれたのである。

 もう一つは、前出のGHQ民生局の対日占領報告書の指摘である。要点のみ記せば、GHQは、日本はあまりにも小さな国なので、アメリカのような州権を地方に認めるのは適当ではなく、地方自治の保護は国会(立法)と裁判所(司法)に任せて大丈夫と考えた、というのである。ここであげる国の機関は、国民を唯一代表する国会と違憲立法を審査する裁判所であり、内閣(行政)が除外されていることの意味を重く考えさせられた。 

『市民自治の憲法理論』の衝撃 

 けれども、流れは逆向きに進んだ。「憲法は変われど行政は変わらず」と揶揄されたように、明治以来の官治集権は戦後も温存・拡大した。これは、国レベルでは国会に対する行政の優位性したがって国会の形骸化、自治体レベルではその国の行政による地方自治の統制強化という問題状況を生み出した。この官治集権による国民主権の形骸化に対して、松下圭一は「市民自治」を基本に官治集権を許容する旧来型憲法理論の転換を迫った。

 衝撃を受けたのは同氏の『市民自治の憲法理論』(岩波新書、一九七五年、二○○四年増刷)である。ここでは、立法権・行政権は市民が原初的もつこと、国と同様に自治体は市民から独自に信託され、立法権、行政権を行使する憲法機構であること、市民から発する公共課題の解決を基礎自治体たる市町村が第一義的に担い、次いで都道府県、国へと問題解決のレベルを順次移し替えていく上昇型の発想をとるべきことが述べられている。

 同書では、今日松下が「自治体改革」と並んで強調する「国会・内閣改革」(官僚内閣制から国会内閣制への制度運営の転換)に関しても、用語法は別として、すでに問題提起されている。ともかく官治集権の改革は憲法問題の中心課題であるが、その認識は次第に浸透し、例えば、分権改革の設計を担った地方分権推進委員会の「中間報告」(一九九六年)は、行政調整(統制)から立法調整と司法調整への移行を強調している。

 地方自治は国会の立法との一定の調整は必要であり、また、裁判所による司法判断の制約は受けるが、内閣省庁などの行政権の統制を受ける憲法上の根拠はない。その意味で、二○○○年の分権改革が、機関委任事務、通達の廃止をはじめとして、自治体に対する国の行政関与を縮小し、結果として立法調整の可能性を高め、また国地方係争処理委員会を新設し、その手続過程において司法による調整に道を開いた意義は大きい。 

補完性の原理による分権改 

 EUでは、地方自治を国際的に保障する多国間条約である「ヨーロッパ地方自治憲章」が一九八八年に発効している。この憲章に流れる思想は、「補完性の原理」Principle of Subsidiarity とされている。市民は連帯して社会の公共課題を自主的に解決するが、そこで解決できない問題の解決のために、まず基礎となる自治体、そして国、さらに国の連合や国際機構をつくるという、いわば市民から発して多段階の政府に至る政府形成の原理である。

 この原理の認識はまさに先にみた松下理論と同様とみなしてよいであろう。国連においてもこれらをモデルに世界地方自治憲章の制定をめぐる準備が始まっている。それぞれの国の発展段階の相違から合意は容易ではないと思われるが、地方自治の重要性の認識は、グローバルスタンダードになろうとしている。先の地方分権推進委員会最終報告(二○○一年六月)も「補完性の原理」を参考にして分権改革を進めるべきだと述べている。

 分権改革の実際は紆余曲折だが、大局的に「補完性の原理」による自治体の再構築はこれからの流れとなるであろう。とすれば、日本国憲法の第九二条が規定する「地方自治の本旨」も、意味不明の「団体自治と住民自治」から脱して、「補完性の原理」そのものと理解しなければならない。そのために自治体も自治体改革の蓄積をふまえて、自らの憲法たる「自治基本条例」を制定して、基礎政府としての地歩を固めるべきである。(敬称略)

(北海道大学大学院法学研究科教授)

 

 

コメント

このブログの人気の投稿

ゼミレポートは生涯の宝

老いて輝くもの、人間

春はカーソンの贈り物