「道庁スルー」をスルーする道政 堀達也元知事の講演を聴いて(感想記)
「道庁スルー」をスルーする道政 堀達也元知事の講演を聴いて(感想記)
2025年3月5日に堀達也元道知事(1995年~2003年在任)の講演を聴く機会に恵まれた。『激動の2922―道政8年の記録』(2025年)というタイトルの本を自費出版されたのを機に北海道商工連盟が企画した講演会で、堀さんは91歳とは思えぬほどの元気さで、予定されていた1時間半の講演時間をこえて、2時間よどみなく熱弁をふるわれた。
堀さんは、北海道の歩んだ歴史や地方制度・自治制度上の特殊性、また在任中に取り組んだ政策上の仕事やその背景などを縷々話された。けれどもそれは、単なる回顧談ではなく、話の底には、近年流行りの「道庁スルー」の言葉が象徴するような、存在感を薄める一方の道政への憂慮と再生を願う熱い想いが流れていた。道庁スルーとは、市町村が道庁を頼りにせず素通りして国の省庁に直結してコトをすすめることをいう。またその背後には道民が道庁の存在をあまり肯定的に評価しない「道庁ディナイ」という現象もある。
堀さんは1995年の知事選で「北海道政府の確立」を公約にかかげた。自治体を「政府」と呼ぶいい方は、当時は一般的ではなく、とくに国の政府を意識して、自治体の自主性・自立性を強調するときに使われる、特別な思いを込めた言葉だった。この年、村山内閣の官房長官だった五十嵐広さん(元旭川市長)の尽力が功を奏して、待望の地方分権推進法が成立し,明治以来続いた集権国家から転換する兆しがみえはじめた。
堀さんはこの自治分権時代の到来をみすえて、あえて「北海道政府」を公約に掲げ、就任後は自主・自立の北海道を築くために果敢に道政改革をすすめた。けれども不幸なことに就任直後に道庁の不正経理事件に見舞われた。そして道政改革はこれに対する道民の批判をかわすために行なわれたという説が、後日まことしやかに流布する。けれどもそれは事実に反する。道政改革や支庁改革の重要性はそれ以前の選挙公約にしっかり書き込まれている。
ここでは詳述できないが、改革は道職員が「100の改革」と命名したように多岐におよんだだけでなく、斬新な内容は他の都府県から「分権時代の府県モデル」と高く評価されたほであった。けれども道内では、上記の道庁の不正経理の発覚による道民の道庁不信、拓銀破綻などバブル崩壊の混乱に隠れて、道政改革がマスコミや道民からも正当に評価されることはなかった。堀後の知事も改革を継承しなかった。不幸、残念としかいうほかない。
「時のアセスメント」が象徴する政策評価は、全国初の政策評価条例の制定とあいまって、まず国(建設省)が採用し、次いで全国の自治体にひろがった。情報公化条例の改正は政策過程まで対象にした最先端の条例、条例によるオンブズマン制度、外部監査制度、全事業を対象にした事業別政策調書の作成と公開なども都道府県では初の試みだった。そして支庁改革、道と市町村の関係の改革をふくめて、これらの道政改革の成果が風化しないよう、道政の基本理念としてまとめた行政基本条例を制定した。これも都道府県では先駆的な営為であった。
これらを道行政全般におよぶ改革を「作法の改革」と呼ぶとすれば、もう一つの基本問題は「地域の改革」であった。北海道は長い歴史のなかで「遅れ」と「広さ」という2つの難題をかかえてきた。前者の象徴であった一次産業や手つかずの自然環境、未利用の広大な土地などの資源は、次第に北海道の地域個性ないしは比較優位に転化して、「遅れ」の問題はほぼ解消した。けれども国土の22%を一道で自治する「広さ」の問題は依然克服されないままだった。
堀さんは「地域は道の部分でなく基礎だ」と強調し、地域からの道政再構築をめざした。こうした地域への着目は横路道政から徐々にはじまっていた。1980年代、「集中から分散へ、画一から多様へ、集権から分権へ」の思潮が、「地方の時代」の言葉に導かれて全国的に強まるなか、横路知事は市町村に「一村一品運動」を推奨し、道は「市町村連合の事務局」と称して道政のあり方を問い、また道の総合計画では広い北海道を6つの圏域に分けて政策を構想するパートナーシップ計画を盛り込むなど、「地域」は徐々に道政に浸透しはじめた。
堀さんはこれを継承し大きく発展させた。分権改革で市町村・道・国の3層の政府が互いに対等な関係に変化すれば、これまで国の仕事を下請けしてきた道は、市町村を補完する道政に180度の転換が迫られる。そうなれば札幌の本庁によるタテ割り行政だけでは対応できない。そこで道内の各地域を面として総合的に把握し、市町村の参加を得て政策展開するヨコ割り行政、すなわち支庁の政策機能の充実強化が緊要な課題となったのである。
このような認識のもとで堀知事は支庁改革、地域改革をすすめた。本庁部長と支庁長の同格化、支庁長権限と支庁の政策機能の強化、各種出先機関の支庁への統合、3副知事の圏域担当兼務化、道・市町村職員の同格人事交流と共同政策研究の推進、支庁市町村長会議や支庁ごとに道民と市町村長が参加する円卓会議の設置などはその代表的な事例である。これらを助走として、2008年度に改定される道の総合計画にあわせて、改革新支庁をスターさせ、その総合計画には各支庁が策定する地域計画を組み込むプログラムもできていた。
けれども2003年に堀さんは退任し、その後の知事はこれらの改革を引き継がなかったばかりか、試みられた個々の改革もいつしか消えてしまった。行政基本条例を制定した時、堀さんは議会で近い将来自治基本条例に昇格させたいと述べたが、以後の知事は、自治基本条例の制定はおろか、行政基本条例の検証さえまともに行なっていない。道議会もまたしかり。道政改革の後退を懸念する議会の質問もなく、総じて「道政改革」は死語となった。
高橋知事は支庁を振興局に名称変更するために振興局設置条例を改正した。それまでの設置条例は「支庁を設置する」とだけ書いて、あとは管轄区域に包含される町村名を一覧表で示しただけだった。堀知事の時の方針では、設置目的と支庁機能を書いて市町村参加の支庁運営を明記することと、面の総合性を重視する観点から支庁の管轄区域に市を加えることをきめていた。高橋知事もこの設置条例の改正の際、この2点を引き継いでいる。
ところがその後、道議選挙区と振興局区域の整合に難点が生じて、条例から市を除外した。これは理解できるが、その後2013年に公職選挙法が改正され、道議会議員の選挙区は、従来の「群市の区域による」から「市、町村、又はその組み合わせ」を基本単位にして、条例で定めつことに変更された。したがって、問題は解決したのだから、市を元に戻すよう条例を再改正すべきだろう。市の表示は「地域の総合性の確保」という道政の基本精神にかかる問題である。「市」を元に戻すだけの、容易な条例改正さえ放置しているとすれば、「忘れられた道政改革」を彷彿させる典型例といわざるをえなくなる。
話しを前に戻そう。堀さんは冒頭、北大と道新が共同で行なった道民調査を紹介した。「必要だが道庁の存在感を感じない」58%、「市町村に比べ必要性を感じない」26%、計84%の道民が「否定派」という衝撃的な数字である。市町村の道庁スルーもこれと軌を一にしているといっていい。堀さんは、その理由として、道庁が何をしているのか見えない行政のシクミの問題、国の行政に依存してきた北海道の特殊性、超緊縮財政から独自政策が打ち出せない内向き志向などをあげ、これに向きあう「チャレンジ精神の希薄」に警鐘を鳴らした。
堀さんはシャイで自分の業績を吹聴する人ではないから、この日は取り組んだ道政改革について多くを語らなかった。けれども、私は、堀道政下の改革をその後の道政が継承していたら、道庁スルーという不名誉な事態は起こらなかったと思う。反面、現在の知事と議会がいま一度この改革精神を取り戻して道政改革にチャレンジしないかぎり、中二階で漂う道政のもとですすむ道庁スルーは今後いっそう深刻さを増すに違いないと思った。
現在は新年度の予算議会の真最中である。苦手なインターネットで少し検索してみたが、道政の基本中の基本の問題、予算審議の前提の問題と思うのだが、「道庁スルー」にふれた発言は一般質問においても代表質問においても見当たらなかった。100人もいる道議は一体何をみて何を考えているのだろう。知事もまた黙して語らない。
私が道議なら知事に問う。「道庁スルーという、私たち道政にかかわるものにとって到底スルーできない不名誉で屈辱的な言葉が巷間流布している。知事はこの言葉をどのような意味に受けとめ、またこの不名誉を払拭するために、よってきたる原因の説明および今後の対処の心構えと改善策を伺いたい。本日の私の質問はこの1問のみ。残余の持ち時間すべて知事の答弁に差し上げるので、道民と私たち道議が納得する答弁をお願いする。」
堀道政後、私は主に北海道を念頭において、広域自治体の議会に「地域別常任委員会」を設置すべきであると提言してきた。現在のような政策分野ごとのタテ割り行政に即して設置されたタテ割り常任委員会のほかに、振興局を束ねた数個のヨコ割りの地域別常任委員会を併設すれば、地域という面における政策課題が総合的によくみえるようになり、議会による行政の監視や政策提案の実が格段にあがるのではないか。
仮に道議会がそのような常任委員会を設置した場合、振興局長はそこに出席を求められることになる。委員会の議論に対応するために、局長は地域課題をしっかり把握しなければならないし、本庁と振興局の政策調整も日常化せざるを得なくなる。議会がこうした常任委員会を新設することで道行政は大きく転換を余儀なくされることになる。こうして道政は「地域に根差した道政」に向けて確かな地歩を固めることができると思う。
堀さんの講演は、内容豊かな長時間の講演だったから、ここで中途半端に内容を紹介することはできないが、私なりの感想を私見を交えながら綴ってみた。かつての熱気を帯びた道政改革論議を想起し、その一方で知事や道議会議員にぜひ聞いてほしいという思いを強くした講演会であった。
翌日、友人に堀さんの講演と地域別常任委員会の話をしたところ、「常任委員会の設置を道議会に陳情してはどうか。賛否はともかくとして、陳情された意見なら議員は一度は言葉に触れ考えるのではないか」と助言してくれた。なぜ請願でなく陳情かと問えば「請願は紹介議員がいる。そんな勇気のある道議は一人もいないだろう」と。よく道議会を見ていると思った。一理ある面白い提案である。考えみよう。
堀さんは最後に道職員に2つのエールを送って講演を締めくくった。
1 財政状況は確かに厳しい。しかし、さほど金をかけなくても、やる気と知恵があれば、道民やメディアを巻き込んで大きなムーブメントを起こすことができる。
2 道政のトップを中心に職員が一歩前に出る勇気をもてば、きっと何かがはじまる。
話をうかがえて堀さんには心から感謝したい。道政再生の確かな兆しを見届けるまで、いつまでも元気で過ごしてほしいと願わずにはいられなかった。
(*本稿は記憶にのみ頼って綴った覚え書きである。不正確な記述があれば許されたい。 2025年3月10日記)
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