<追悼> 川村喜芳さんの大きな足跡- ロマンと構想力が拓いた自治の地平

<追悼> 川村喜芳さんの大きな足跡-  ロマンと構想力が拓いた自治の地平 

 北海道の自治の歴史に大きな足跡を刻まれた川村喜芳さんが、20251月、91歳で逝去された。川村さんは北大法学部を卒業後道庁に入庁し、横路知事の時代に商工観光部長をへて道自治研修所長を最後に定年退庁した後、1991年から北海道町村会の常務理事に就任された。川村さんは常務在任10年を通して、真骨頂の探究心と旺盛な行動力を発揮され、大勢の志ある人々とともに、北海道の自治の革新に情熱的に取り組まれた。

 時は分権改革の時代を迎えていた。1980年代に唱導された「地方の時代」の到来がバブル経済の混乱によって一旦は後退するものの、1990年代になって分権改革の流れが本格化した。川村さんはそうした状況のもとで北海道の地方自治の土壌を肥沃にしようと、多数の先駆的な改革に挑戦された。それは、町村の連合組織である北海道町村会の「内なる改革」と、自治分権をめぐる知的ネットワークの形成という「外なる改革」に大別できる。

 川村さんは就任早々、北大教授の木佐茂男さんの示唆により、日本では町村会に相当するドイツの自治体会議を町村長とともに調査訪問し、連邦政府や州政府に対して町村の利益を擁護し権利を主張する諸活動や、町村に対する立法・判例・学説などの情報提供、調査研究、コンサルタントなどの支援の諸活動を学ばれた。そしてこれをモデルに、北海道町村会の新しいあり方を構想され、さまざまな改革に手を染められた。

 改革の主眼は、職員研修、調査研究、情報提供であった。小規模ゆえに制約の多い町村職員の能力開発をとくに重視し、政策形成と政策法務に重きをおいた職員研修の抜本改革や法務支援室の設置、町村職員の北大大学院への派遣制度の創設などを通して、桑原隆太郎さん、小林生吉さん、西科純さんなどをはじめ町村職員のなかに優れた人材を輩出した。また地域医療や下水道問題など町村共通の政策課題をテーマに、職員と研究者による調査研究も積極的に推進した。

 情報提供では季刊の『フロンティア180』(数字は道内町村数)の発刊が特筆される。論文、講演、座談会、ルポ、エッセィ、解説など内容は多彩で、登場人物も道内の町村長・知事・自治体職員・学者・専門家のほか、法政大教授の松下圭一さん、東大教授の西尾勝さんら自治体理論の泰斗や先駆自治体の職員など本州勢も頻繁に登場した。川村さんはこの情報誌について「これだけはドイツの町村会の水準を越えた」と自慢されていた。

 全道に衝撃をあたえた地方自治土曜講座の開校と自治体学会の発足も忘れがたい。ともに川村さんの発想と尽力に負うところが大きい。土曜講座には北大を会場に全道から延べ5000人の自治体職員や首長・議員・市民が参加した。「理論と実践の出会い」のスローガンのもとに、最多時は一会場に800人が参集した。実行委員長の森啓北大教授が牽引して16年間続き、いまも各地で「私も受講して触発された」と往時の知的興奮が話題になる。

 講座の実務や100種に及ぶブックレットの作成は、財政上の支援とあいまって町村会が担った。この土曜講座と時を同じくして北海道自治体学会が発足した。そして全国の自治体学会の設立の立役者だった森啓さん、道内で早くから自治体職員のまちづくり研究会を進めていた中島興世さんとともに初代の共同代表に就かれた。このトロイカ体制にはだれもが得心し今後に大きな期待を寄せた。他方で旭川大学教授として教鞭も振るわれた。

 遺された著書『自治の現場から―北海道町村会とわたし』と『自治体理論の実践―土曜講座の16年』、『冬の旅―80年を振り返る』からも、時代の空気と川村さんの熱い思いが伝わってくる。松下さんは川村さんを「全国のモデル町村会をつくった人」「土曜講座を北海道の文化に育てた人」と評した。この的確な川村評を思い起こすにつれ、私はロマンに満ちた「川村ワールド」で密度の濃いお付き合いをいただいた自分を幸せに思う。

 川村常務時代の町村会長であった小林勝彦鷹栖町長と佐々木隆人えりも町長は、自治への深い造詣と包容力で川村さんを支えられた。あわせてご冥福をお祈りしたい。

        (*北海道自治研究20252月号掲載)


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