「サヨウナラ」はいわない
1月に川村喜芳さんが逝去された。川村さんは1991年に道庁の部長職を退任後、北海道町村会の常務理事を10年勤められた。北海道の地方自治を豊かにしたい。その一心で持ち前の探究心と構想力と行動力を縦横に駆使して、大勢の仲間と新しい課題にチャレンジされた(本ブログのラベル「窓明浄机」に追悼文掲載)。私はこれを「川村ワールド」と呼んだ。有志が集って6月に札幌で偲ぶ会を開催すべく目下準備中。親交を重ねた山嵜逸雄君も逝った。学生時代にペギー葉山がギターリストとして自立を薦めたほどの腕前だったが、「ギターは趣味」と製薬と医療の世界にすすんだ。墨田区のオンボロアパートのころから互いの家族を連れての知床旅行まで、50年にわたって付き合は続いた。彼が最後に遺した言葉→「先に逝くがしばらく追ってくるなよ」。山嵜君を偲んで友たちが5月に東京のお茶の水で集う。もちろん私も参加する。仲井富さんも。1970年代から日本の反公害住民運動のネットワークを築かれた人だ。人柄、文才にもすぐれ素晴らしいエッセーを送り続けてくれた。友人や後輩たちが早速、遺稿集『未知との出会い』を出版。さびしいが私はみなさんにサヨウナラはいわない。心のなかで生き続けてくれるし、それにもうすぐコンニチワをいうのだから。
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