ハイビスカスとクンシラン

 室内の窓辺でハイビスカスが大きな赤い花をつけている。花弁の突起がなくまるでバラのように美しい。これとクンシランは母の形見。花を愛でた母が逝って30年になるが花はいまも健在。クンシランは脇芽、ハイビスカスは挿し木をくり返してきた。植物には2つの命がある。一つは個体としての命、もう一つは種としての命。前者は春芽吹いて秋には枯れるように、いずれ尽きる命だが、後者は環境に大きな異変がないかぎり続く永遠の命。鉢植えの植物は、そもそも環境を大きく変えているのだから、種として永遠の命は保てないが、それでも人為的に環境を整え続けるかぎり長らえることができる。つまり、私が生きているかぎりということである。大切にしたい。村で生活していたころ、私は5人きょうだいの末っ子なのに、小学3年のころから母は私にだけ2坪ほどの畑を与えて、野菜の育て方を丁寧に教えてくれた。農業を継がせたかったのだと思う。あれから70年以上、母の想いとはずいぶん違った道を歩んでしまった。けれども、母から授かった知識と技術はいまも野菜畑で生きている。母が遺したハイビスカスをながめながら昔を追憶し、一月後に迫った今年の畑にも想いを馳せる。 

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