存在感なき漂う道政を憂う

  市町村、道、国の3層の政府のなかで、「一番存在感がないのは道政」だ。道は頼りにならないと市町村が道を素通りして国の行政に直結してコトをすすめる、いわゆる「道庁スルー」throughが巷間流布して久しい。道民の道政に対する消極的、否定的な評価も半端なく、最近は「道庁ディナイ」denyの言葉さえ耳にする。100人も道議がいて3兆円以上もの予算を審議する道議会だが何が論点・争点だったのか報道は皆無。メディアも道政をスルーする。「スルー」、この不名誉な言葉を知事や道議はどう認識しているのか、いないのかさえわからない。道の広報紙はペラペラの紙に縮小、道議会も独自の広報紙はないから、私たち道民は知るすべがない。35日、堀達也元知事の講演を聴きに行ってきた。かつて道政改革を果敢に進めた堀さんは、「漂う道政」「静かな道政」を憂い、「さほど金をかけなくてもやる気と知恵を出せば大きなムーブメントが起こせる。道政の関係者が一歩前に出る勇気をもてば、きっと何かがはじまる」と講演を締めくくった。私は、堀後の道政がこの道政改革をしっかり継承していれば、現在のような不名誉な事態は避けられたと思う。はたして道政は「失われた20年」を取り戻せるか。否、取り戻さねばなるまい。「義を見てせざるは勇なきなり」

 

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