馬なくして農生活あるまじ
道路の雪がとけたので近くの馬頭観音のところまで散歩した。路傍の石碑は100数十年の風雪で摩耗し、かろうじて「明治29年」の没年が読める。私の馬への愛着は格別なものがある。少年のころ農業を営んでいたわが家は、「馬なくば農生活あるまじ」だった。馬は、耕運、乗用、運搬の役割を一手に引き受け、農に欠かせない堆肥づくりの主役でもあった。学校までの2キロ雪道も橇を引いてあけてくれた。だから大切にされ、命尽きれば馬頭観音に丁寧に祀ったのである。正月の餅はニンジンと一緒に馬にも進呈した。小学3年のとき右目が不自由な白馬がわが家にやってきた。以後、飼い葉や給水、寝藁敷きが私の仕事になった。雌馬は厳寒期に出産する。生まれたばかりの濡れた仔馬の体をこするために柔らかい藁を用意し、母屋の一角にある厩舎を俄かストーブで暖め、家族総出で助産する。そのとき一息ついた父は「羊を152(以後に)、牛馬を284(殖やし)て340(みよと)、豚は120(言う)」と私に教えた。家畜たちの受胎から出産までの日数だ。70年前、私は農業を継いで生涯馬と暮らすと信じていた。
コメント
コメントを投稿