忘れられた道政改革を呼び戻そう(北海道自治研究2014年4月号から転載)
忘れられた道政改革を呼び戻そう
1 高い支持率と無為の責任
それでも新聞報道によれば、高橋知事の支持率は高く、6割の道民は肯定的に評価しているという。なぜなのかと考え込む。さしあたって次の5点が思い浮かぶ。①市町村と違って、道の仕事は道民の評価に直結する対人サービスが少ないから、道民のきびしい評価は概して生まれにくい。②指定都市の札幌市は道に匹敵する大きな権限をもち、その分札幌では道政の存在感は薄い。にもかかわらず、道政評価が甘くなる札幌の大票田(全道人口の35%)が知事選挙の行方を左右するという、権限と票の間の制度矛盾がある。
以上は知事に対する道民の評価が甘くなりがちな制度上の一般的要因だが、これによって、③知事選挙は、政策競争というよりは人気投票に傾斜しやすくなる。そして③在任中に不正事件や目に見える大きな失策が少なければ、知事への評価は高くなり、くわえて④テレビ広報などを利用した、スマイルの露出による好印象の演出は支持率をいっそう押し上げる。さらに、これが一番大きな問題なのだが、①から④に隠されて、⑤無為の責任、すなわち、知事としてなすべきことを怠った責任は追及されにくいということになる。
現知事になって一一年が経過したが、私は就任時の言葉を鮮明に覚えている。知事は「北海道がなすべきことは国の政策メニューにすべてある」と述べたのである。正直いってショックであった。就任直後だったから、まだ知事になりきれていない、前職の北海道経済産業局長、すなわち国の官僚が見ていた北海道観はそういうものかと受け止めつつも、すでに分権時代に入っていて、自主・自立の北海道への転換が求められる時代の認識とはあまりに乖離した発言だったので、先行きに大きな不安をいだいた。
もうひとつ、私は知事としての政治観を危惧した。議院内閣制の国の政治は与・野党の緊張が主軸で、官僚は政権与党と密着して行動する。けれども、ひろく政治全体をみれば、自治体の政治的力量が増大した今日は、国レベルの与・野党対抗の政治だけでなく、国・自治体対抗の政治が重きをなしている。だから知事は後者にしっかり軸足を定めなければ、例えば近くは原発問題のように、道としての主体的な政策判断はもとより、国の判断をも誤らせる。けれども知事の思考・行動の軸足は官僚時代とあまり変化はないようである。
集権時代の都道府県は、機関委任事務、通達、補助金、天下り人事に縛られながら「国の補完」を強いられてきたが、分権時代にあっては「市町村の補完」へと一八〇度の転換が求められる。分権改革は今後も続く未完の課題だが、市町村と国の中間に位置する道の役割の変化は、だれが知事でもしっかり自覚しなければならない。道民・市町村の参加を基本に、行政と議会の両面から、地域に根ざした道政を確立し、すぐれた手法と技術で効果的な政策を実行する「道民の政府」への転換が必須の課題なのである。
2 道政改革のための3視点
地方分権推進法が制定された一九九五年、前知事は「北海道政府の確立」とそのための「道政改革」を公約して就任した。知事はただちに道民識者からなる道政改革民間フォーラム(1995~7年)を、さらには道政改革推進委員会(1997~8年)、支庁制度検討委員会(1999年~2001年)などを設置して、精力的に道政改革を進めた。当時は、北海道から全国にひろがった官官接待にまつわる不正経理事件の発覚に対する世論の批判もあって、改革による道庁再生の思いが、道職員をふくめて全道で共有されていた。
私も副委員長・委員長の立場で約100項目の改革提言の作成に深くかかわった。そのときは常に3つのことを念頭においた。第1は「組織の改革」、第2は「作法の改革」、そして第3は「地域の改革」である。組織の改革は、時代の変化や政策課題の変化にともなう行政組織や人事政策の見直しで、行政が常道としてきた従来型の改革手法である。けれども、その必要性は否定しはしないが、経験に則していえば、一過性のそしりを免れず、これによって道行政の政策活動の原理や職員の思考・行動様式が変化することはほとんどない。
そこで強調したのが第2・第3の視点である。作法の改革は、政策情報の作成・公開の徹底、道民・市町村参加の制度化、実効ある総合計画手法の確立、政策評価制度の効果的な運用、財務規律の確立と財政健全化、自主的な政策法務の能力の蓄積などを主な内容とする、政策技術・行政技術の革新のことである。これらを縦横に関連づけながらそれぞれの精度を高めていけば、道職員の政策能力が高まり、またそれらの作法や仕組みが正常に作動しているかどうかを確認することで、知事のリーダーシップも発揮しやすくなる。
第3の地域の改革とは支庁の改革である。道の出先機関である支庁の存在は、広大な面積を管轄する道政にとって格別な意味をもつ。けれどもこれまでは、札幌にある本庁のタテ割り事務の一部を地域で処理する「利便型支庁」にすぎなかった。地域は道の「部分」ではなく「基礎」という認識にたって、道民・市町村の参加のもとに、管轄する面の政策を実行する「政策型支庁」に転換することは、広域自治体たる道の存立目的である、独自の広域政策の展開と市町村に対する補完政策を実効あらしめるための不可欠の改革課題である。
3 自治基本条例への進化を
第2の行政作法の改革ふまえて、堀前知事は2002年に「北海道行政基本条例」を制定した。1995年から2001年にかけて行った道政改革の成果を風化させないために、今後も継続していく改革の指針としたのである。この行政基本条例は道民参加をはじめ道民の権利規定が欠落するなど内容の不備が多々あり、また全体として内容が抽象的であるなど、規範性に欠けるところが多かったが、他面では道民投票を盛り込む新鮮さもあった。前知事は「今後は自治基本条例の制定に向けて発展させていく」と議会で表明した。
この条例は、ニセコ町が2001一年に制定した全国初の「まちづくり基本条例」とともに、その後自治基本条例が全国にひろがる契機となった。けれどもその直後に就任した現知事は、発信元としての気概もなく、現在に至るまでの11年間、条例の見直しはもとより、実施状況の検証すら行わないまま放置してきた。道は最近に至っても、なお「見直しの必要を感じていない」と公言している。行政基本条例は、行政運営の基本原則を定めるものだが、このままの放置状態が続けば、道行政の劣化はますます進むことになる。
例えば、総合計画は支庁が策定する地域計画を組み込むことになっていたが、いまだ従来型の計画の域を出ていない。政策評価は「時のアセスメント」にはじまって国・自治体の政策評価の導入と普及に大きな影響を与えたが、以降は行政の内部評価にとどまり、財政の健全化に貢献していない。市町村の道政参加も地域政策を策定しないために、「連携」という言葉がむなしく躍るだけで、実効ある参加が行われた形跡はほとんどない。このように現知事は、行政基本条例に規定された大事な問題を軽視ないし無視してきたのである。
都道府県の自治基本条例は少ないが、市町村は300をこえている。その実効性では自治体間に大きな格差があるとはいえ、各地の経験をとおして、「生ける自治基本条例」への課題はみえている。私は「総合型自治基本条例=自治基本条例+関連制度・条例の整備」を唱えてきた。関連の制度・条例を具体的に整備しなければ基本条例の実効性は乏しくなる。とくに市民参加・情報公開・議会運営・総合計画・財務規律・政策評価・政策法務・市民投票などが重要で、道であればこれに市町村参加・支庁制度を加える必要がある。
レベルは低いが道議会も議会基本条例を制定している。これで行政と議会の基本条例がそろったのだから、行政基本条例を発展的に解消して自治基本条例を制定することは難しくない。関連制度・条例の現状を、よいものは継続、改善すべきは修正、必要なものは新設、不要なものは廃止、この四つの視点から総点検して、道政の最高規範となるすぐれた自治基本条例を制定すべきである。「制度をいかす精神」は「制度をつくる精神」に宿るから、関係主体(道民・市町村・知事・道議・道職員)の充実した参加による制定を望みたい。
ここでは内容を詳しく述べないが、現知事は支庁改革を引き継ぎはしたものの、地域政策を担う支庁への改革という本来の目的はほとんど果たせていない。変わったのは名称だけと揶揄されている。舌を噛むような「振興局」という名称は馴染みにくい。いまもって100年慣れ親しんだ「シチョウ」と呼ぶ人が多い。「支」には幹に対する「枝」と、「支える」「助ける」という両用の意味がある。従来の支庁はまさに本庁の枝であったが、支庁改革は地域を基礎としての市町村を支える、補完する支庁をめざすのだから、名称変更の必要性は乏しい。
支庁改革はもう一度心して再チャレンジすべき道政の焦眉の課題である。面積広大な道の支庁と人口稠密な指定都市(大都市)の行政区は類似の問題をかかえている。地方制度調査会の答申(2013年)にそって、今国会に提出された地方自治法改正案は、大都市が選択するなら、窓口事務の行政区を「総合区」に格上げし、議会の同意を得て選任する特別職の区長に、都市計画などの予算の提案権や区職員の任命権を付与することができるようになっている。こえはまさしく自治分権時代にかなった域内分権改革で評価しておきたい。
この、いわば利便型行政区の政策型行政区への転換は、私たちが北海道でめざしている支庁改革の方向と同じではないか。政策型支庁への転換に向けて、あらためて次の提案をしておきたい。①支庁の名称を「振興局」から「支庁」にもどす。②民間支庁長の登用を可能にし、支庁長に政策と予算の提案権を付与する。③支庁長に人事権を与え、支庁固有職員制度を創設する。④道民・市町村参加をルール化し、支庁による地域総合計画を策定する。このような改革を通して、⑤支庁間の政策競争を呼び起こし、地域から道政を活性化する。
市町村は合併旋風が去って、いくぶん落ち着きをとり戻している。この北海道の市町村合併率は全国の3分の1だったが、これは北海道特有の事情を重く見た私たちの想定どおりであった。けれども、財政状況は好転したわけではなく、人口減少、少子高齢化がくわわって、きびしい自治体運営は今後も続いていく。こうした状況下でも、財務規律を保ちながら、すぐれた福祉・医療政策の推進、地域資源に根ざした産業・雇用・自然エネルギーの開発、市民施設の相互利用や事業協力などの自治体間協力を意欲的に進めて成果をあげる自治体が多々存在する。
道政が支庁改革によって面の政策を構想しようとしても、道職員かぎりではたちまち情報や知恵は枯渇してしまう。やはり、道民・市町村の参加によって、域内道民・市町村の営為・知恵・情報をしっかり把握しなければ、道として行うべき政策課題の発見も、したがってまた効果的な政策の立案もできない。財政破たん状態の道政にあっては、もとよりあれもこれもの政策はできない。少ない行政資源を「選択と集中」によって投下し、効果をあげるためには、やはり支庁改革を改革し、政策の地域枠組みを再構築する必要がある。
道議会も改革が迫られる。支庁改革は知事だけの責任ではない。上述の地方制度調査会は、大都市議会も区選出議員による区別の常任委員会を設置すべきだと答申している。今回の改正法案にはないが、議会の意思かぎりでできることだから、私もかねてから大都市議会と都道府県議会の不可欠の改革課題として提起してきた。道議会こそ率先して支庁別常任委員会を試みるべきではないか。これを活用して、独自の道民・市町村参加のもとに、これまでのように点と線の道政、道議会から、面にこだわる行政監視と政策提案を行う議会に変身すれば、政策型支庁への流れはたしかになり、議会の有効感も高まる。
5 北海道はすでに道州制である
高橋知事が就任して間もなく、小泉首相が北海道における道州制特区を提案した。これを受けて、道は2004年に「国は5年かけて出先機関を統合(北海道総合行政庁)し、次の5年で総合行政庁を道に統合する(道州政府の新設)。その間、モデル的に権限移譲や共同事業を実施する」と提案し、国にゲタを預けて問題を先送りしてしまった。それからすでに10年を経たが総合行政庁は検討すら行われていない。また、権限移譲を進めるために道州制特区推進法が制定されたが、第二次分権改革の議論がはじまって北海道だけ特別扱いする意味も薄れ、以降、北海道の道州制問題はなんの成果もなく現在に至っている。
私は全国を道州化する意味での道州制論者ではないが、北海道に関しては道州制論者である。なぜなら北海道は都道府県制のもとでも事実上の道州になっているからである。道州制は区域と権限の両面の改革を要するが、北海道は区域の点では他県との合併を要しない。全国規模の道州制の実現を阻む最大の課題を解決しているのだから、残るは権限・財源面での分権である。けれどもこれは程度の問題で、どこまで権限・財源の分権化が進めば道州になるといえるものでもない。とすれば北海道は都道府県制のままでも道州になっているのである。
したがって北海道の道州問題は「より充実した道州」にすることであり、その最大の課題は、国の出先機関とりわけ国交省北海道開発局の道への統合である。開発庁時代をふくめて同局は、無駄な事業や補助金のバラマキ、二重行政、道民や議会の目が及ばない事業過程の非民主性など問題をかかえてきた。そして北海道の国依存体質と公共事業依存体質を深めてきた。北海道にある国の出先機関は他県にまたがらない。すべて一道一局だから処理しやすい。開発局さえ戦略的に統合できれば、その他は残務整理のようなものである。
自民党は道州制基本法案を議員立法で今国会に提出するという。けれども、道州の広大な面積に起因するデメリットを克服できないかぎり、道州制は実現できないし、すべきでもない。6県を統合して東北州ができたとしよう。青森県庁、宮城県庁、福島県庁は北海道のような支庁になるのか。東北州と州内の地域行政は、ひろさゆえに苦悩する北海道と同じ問題にただちに直面する。すでに道州の北海道は、開発局・開発建設部の吸収をふくむ面の地域行政を確立して、道州の自治のかたちを示せるか。北海道はこの基本視点を忘れてはならない。
全般的な行財政縮小時代にあって、とりわけ道財政の窮迫状態は今後もきびしく続くから、道政は本腰を入れて、もてる行政資源を有効に活用する政策手法と政策展開の地域枠組みを整備しなければやっていけない。本稿では、行政基本条例と支庁改革の問題にふれて道政改革の課題を考えてみた。結論をいえば、忘れられた道政改革の精神と行動をもう一度呼び戻したいということである。長年にわたる無為の道政の責任が問われないなら、知事の座はますます居心地よいものになるのかもしれないが、心ある道民の焦燥はつのるばかりである。
(*3月19日付けの本ブログで公開した「道庁スルー……」の内容をさらに理解していただくためにかつて書いた小論を転載しました。)
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