7条解散は政治劣化の元凶
高市首相は衆議院を解散した。憲法7条の天皇の国事行為にもとづく、いわゆる「7条解散」とされる。巷間、大義なき選挙とか個利個略の選挙などと疑念が呈されるが、そもそも7条解散とはそういうものだ。ありもしない首相の「専権事項」という解散権をでっちあげ、それを天皇の国事行為と結びつけて正当化した、この虚構の憲法解釈によって、首相は個人的な判断でいつでも解散できる。だから大義はどうあれ常に首相にとって都合のよい解散になることは目に見えている。憲法にいう総選挙は、国会が内閣不信任議決したとき総辞職せずに解散を選択した場合(第69条)と衆議院議員が4年の任期を終えたとき(第45条)の2種だけだ。そもそも「国政に関する権能を有しない」(第4条)天皇が「衆議院を解散する」(第7条)ことはありえないから、天皇の国事行為による解散とは上記2種の総選挙を行なうに際しての形式的・儀礼的な行為にすぎないことは文理上明白だ。その意味で7条解散は憲法違反と思うのだが、最高裁はいわゆる統治行為論によって合憲性について判断を避け、首相の指名権をもつ国会も異議を唱えない。一体いつまでこの悪慣行は続くのか。
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戦後80年、現行憲法下で27回衆議院選挙が行なわれた。うち任期満了の総選挙はたった1度だけで26回は解散によるもの。そのうちなんと21回は7条解散だからあらためて驚く。私は7条解散は今日の政治劣化をもたらした根本原因の一つだと思っている。最大の弊害は選挙が多いことだ。選挙にはカネがかかる。その選挙が多くなれば、政治とカネの問題が起こることは必然だ。首相が4年の任期途中で議員の首を切ることはもっと罪深い。これは議員の政治家としての資質を著しく劣化させる。「常在戦場」の心理状態に追い込まれた議員は、思想・理論・政策を深く学んで政治家として成長していく気概や時間のゆとりを失う。こうして知的訓練の乏しい政治家が増えれば当然政治は劣化し、その主要な関心事は目先の問題に対する対症療法、ポピュリズム、官僚依存に流されていく。総じて世界で類例のない巨額債務の惰性的累積は、劣化しきった今日の政治を象徴する日本没落の巨塔といって過言ではない。7条解散は日本の政治を随所で深く蝕んでいる。国会は首相を指名する国権の最高機関だ。その矜持をもってこの悪慣行をあらため政治の正道をとり戻すべきではないか。
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