再・パブコメについて
6月29日に、「パブコメは市民参加ではない」と書いたところ、「厳しすぎる」というコメントをいただいた。ある問題について行政がパブコメを実施したところ、A、B、C…という多様な市民の意見が寄せられこれを公表したとしよう。このパブコメ情報を見て、XさんはBの意見になるほどと感心し自分の考えを修正した。Yさんは自分の意見は少数意見のようだが変えようとは思わなかった。などなど、市民の意思は初めから固定的・確信的なものではなく、他者のさまざまな意見に触れて、自分の意見の正しさをあらためて確認したり、触発されて考え直したりするなど、揺れ動きながらより確かな意思形成に向けて変化する。この変化こそが大事である。この再考に資する初期情報として、とりあえずパブコメを実施し公表することには意義がある。では再考の結果「より確かさを増した市民意見」はどう反映されるのか。その反映と合意の形成をめざして行なうのが、行政・議会と市民、市民と市民が討議する市民参加である。「情報なくして参加なし」とされるように、パブコメの情報公開としての意義は認めつつも、「討議」なきパブコメを市民参加と同列視はできない。開花→ニワトコ(黄124)、サビタ(125)、アップルミント(126)、アナベル(127),ゲンノショウコ(128)、チコリ(129)、スイカ(庭用130)、トマト(庭用131)
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