山は海の恋人、川は仲人

 えりも岬で一枚の看板を見たときの衝撃はいまも忘れない。岬は風速10m以上の風が年に290日も吹く。森林皆伐でむき出しになった表土がこの強風に飛ばされ岬は禿地と化した。戦後懸命の緑化が試みられた。功あって緑化面積の拡大とともに豊かな漁場が復活して漁獲量が増大していく。看板はその相関を示したグラフ。江戸時代から「魚付林」とか「魚寄林」と称したように、山の栄養分や食餌が川を通して海に運ばれ海藻や魚の繁殖を促すことは経験知として知られていた。いまでは海・山・川の一体説は科学の常識だが、えりもの成功体験が弾みとなって、常呂町の漁協が「山は海の恋人、川は仲人」と表現したように、まずオホーツクで、さらに全国で実践されている。30年以上も前に全国岬サッミトの記念講演のため初めてえりも町を訪れて以来何度も遊びに出かけた。百人浜の波打ち、星降る夜空、静寂の豊似湖もすばらしい。佐々木隆人町長が贈ってくれたえりものツツジがまもなく開花する。岬でユースホステルを営んでいた仙波秀弘・加容子夫妻。当時は希少だった風力発電で実生のハマナスを育てていた。そのハマナスもわが庭で「えりもの春」を告げてくれる。

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